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Wednesday, March 27, 2013

京都でインタビュー

IPS (Intentional Peer Support) 「意図的なピアサポート」を考える取り組みの一環として、研修に参加されたことのある方々にインタビューを行なっています。先日京都でインタビューを行なってきました。

この取り組みでは、IPSを学んで気付いたことを大勢でのグループの話し合いの中でお聞かせいただいたり、3-5人程度のグループで話し合ったり、お一人にだけ聞いたり、といろいろさせていただいているのですが、今も試行錯誤中というか、暗中模索中であります。もっとグイグイーッと沢山インタビューを重ねて、方法を確定してジャジャジャー!ッと分析するとか、そういうのもありなんだろうと思うのですが、現時点ではガンガン行くというよりは、ゆっくり次のお話をお聞きしに行っている感じです。

これまで、インタビューについてブログで紹介したことはなかったのですが、こういう過程も公開していくことにも意味があると感じて、今回インタビューに参加してくださった方々のご許可をいただいて、こちらで紹介させていただきます。

インタビューの概要は、



インタビューはいつも、IPSの勉強会の会場で行わせていただいたり、喫茶店などの飲食店や貸し会議室など、できるだけ話のしやすそうな、さまざまな場所で行っていますが、今回は、京都のカフェの2階にある、この素敵なレンタルルームが見つかったため、こちらで実施させていただきました。このお部屋、京町家の2階にあり、静かで、下のカフェのメニューもいただけるんです。今回は、夕飯時の実施だったため、夕飯も食べちゃったりしながらお話をお聞きしました。



 

 

ご協力いただいたかわさま、さっちゃん、はなちゃん、そのさま、ありがとうございました。
お話をお伺いできたこともとてもうれしくありがたいですし、一緒にお話する中で、IPSについて私自身深まった部分がありました。

今回、どうしてIPSの研修に出ようと思ったのか、IPSの研修会に参加してどのような印象を受けたかなどについてもお聞きする中で、知らなかったストーリーをお聞きして自分の世界がさらにひらかれた気持ちになったり、同じ場にいて共有したことがらについて感じたことを話し合っていたときは、それぞれの見方を互いに出し合っている感じがしたと同時に、忘れていた自分の感情が思い出されたり、その時とはまた別の見方が自分の中で生まれたり、という経験をしました。同じ場にいても、受け取り方も感じ方も違う、そしてそれはまたどんどん変化していく、ということを実感し、他の人に見えているものは聞いてみなければわからないし、それから、たぶん会話をする中でもどんどんそれらは変化していくんだろうな、と感じました。これは、インタビューでもあったわけですが、なんでしょう、自分にとって貴重な時間でした。

皆様にお会いできたこと、インタビューでお会いできたこともそうなのですが、そもそも皆様と出会えたことに改めて感謝した時間でした。どうもありがとうございました。
これからもどうぞよろしくお願いいたします。

Friday, April 27, 2012

質的データ分析法メモ (2)

マデリン M. レイニンガー(Madeleine M. Leininger) 編集, 近藤潤子、伊藤 和弘 (監訳)「看護における質的研究」(原版1985年、日本語版1997年)医学書院. の中(p.75~)で紹介されている分析法メモの続き。

内容分析あるいはテクスト分析 (p.81)
内容分析は、人々の間で伝達されるほとんどすべての物事を分析するのに昔から用いられてきたお馴染みの方法である。・・・中略・・・
構成的テクスト分析は、テクストデータの構造を異なる機能的要素のグループに分類するもので、出来事、人間、過程を類似性をもとにグループに分類できるので、内容分析で広く用いられている。・・・後略・・・

解釈学的データ分析 (p.82)
解釈学的分析とは解釈についての理論である。・・・中略・・・ 解釈学は現象学に由来するものであって、先験的理解を組織化する思考と方法に焦点を当てるものである。・・・後略・・・

民族科学的分析 (p.83)
民族科学的分析は、知識の諸領域の意味論的・構造的関係を判定するために用いられる公式的・外字的・系統的なデータ分析法である。・・・後略・・・

グラウンデッド・セオリー分析
・・・前略・・・ 比較分析という手段によってデータから理論を発見するのが目標である。この方法と人類学的な記述民族学の方法との間には類似点と相違点がある。・・・後略・・・

構成要素分析
構成要素分析は、特定のイーミックな構成要素または概念の意味論的・構造的関係を判定するためや、構成要素から得られる抽象的論述を公式化するために用いられる複雑で厳密な系統的方法である。この方法は単独でも用いられるが、ふつうは民族科学的方法と一緒に用いられる。・・・後略・・・

歴史的分析 (p.84)
この分析法は、研究者のさまざまな目的や目標に応じて過去の縦断的な歴史的データを系統的に探求するものである。時間・空間的な出来事、パターン、および過程を明確化するために、一次データと二次データが外示的・内示的に分析される。・・・後略・・・

生活歴プロフィール分析
この方法は、看護やその他の医療分野では比較的新しい価値のある研究法として、個人、家族、集団の生活歴(ライフヒストリー)を分析し、生活様式、健康、ケアのパターンを評価するのに用いられている。・・・後略・・・

個人の健康研究分析 (p.85)
個人の健康研究分析は、特定の個人が健康、パターン化された病気、その他行き方のスタイルを維持する方式を、長期(あるいは短期)間、異なる(あるいは同じ)環境的コンテクストのなかで研究する方法である。・・・中略・・・
筆者は“事例研究(ケーススタディ)”という用語に代えて“個人の研究”と言う用語を使用している。なぜなら、質的研究の場合には、個人を、対象、事例(ケース)、統計的数字としてではなく、一人の独自な人間存在として扱うからである。間違いなく専門職看護研究者は“事例研究”という用語に馴染んでいるであろうが、今やこの非個人的用語の使用を考え直すべきであり、個人とその健康、病気、ケアのパターンを人間的な方法で分析することを考えるべきである。・・・後略・・・

形態分析
・・・前略・・・ 形態分析は構成要素分析、パターン分析、主題分析と似ているが、この方法のほうが、分析により大きなモル(総体的)単位(molar units)を用い、複雑な文化的主題とパターンを形態もしくはモレキュラー(分子的)デザイン(molecular design)にまとめて、文化、システム、集合的行動などの把握を可能にする。・・・後略・・・

象徴分析 (p.86)
象徴(記号)分析は、さまざまな合図、メッセージ、図像、物象、その他の人間表現の形式を分析する方法である。・・・後略・・・

描画、ゲーム、絵画テスト、遊び、物語、写真データ分析
これらの表現方法は質的データの分析では重要である。これらは、個人や集団の感情、態度、パターン化された表現を記録し、理解するのに用いられる。・・・中略・・・
描画、写真、その他の表現形式は、人々の見方を表しており、したがって質的なタイプの研究データとして分析する必要がある。・・・後略・・・

コンピュータ・データ分析 (p.87)
・・・前略・・・ 量的データの分析にコンピュータの果たす役割は非常にはっきりしているが、それに比べ質的データの分析においてもつ価値は現在のところそれほどはっきりしていない。意味、態度、特性、象徴、監修、その他質的データのもつ多くの側面が失われないようにすることが、コンピュータ学者や質的分析者にとって今後対処しなければならない大きな課題である。論述を数、特定の変数、その他の還元主義的要素に還元することは、質的データの意味と目的の破壊につながりかねない。・・・後略・・・

その他の分析法
・・・前略・・・ そのほかにも次のようなタイプの分析法をぜひ考慮する必要がある。
役割・家族・制度分析
認知地図と世界観
象徴的相互作用分析
比較文化分析
倫理・道徳分析
参加分析
属性分析
生態学的ケア分析
系図(系譜)分析(血族の系図)
物質的・非物質的データ分析
意味論的・記号論的分析
質的分析と量的分析の組み合わせ
健康カレンダーおよび健康日誌分析


ほんとうにたくさんあります。。。今回、これらの解説を読んでいて、意味の分からない言葉もたくさんありました。しかしながら、???と思った部分なども、「個人を、対象、事例(ケース)、統計的数字としてではなく、一人の独自な人間存在として扱う」ということで異なる言い方を提唱していたり(個人の健康研究分析)、その考え方に納得できるところが随所にありました。
この本を持っていたら、「懐かしい本!」と言われまして、原版は1985年、日本語版は1997年と、確かに懐かしいと感じる部分もありましたが、久しぶりに手に取って、あらためて学ぶところもたくさんある本でした。


出典:
M. M. レイニンガー. (黒田裕子訳)記述民族学と民族看護学 質的データ分析のモデルと方式. レイニンガー編, (近藤潤子, 伊藤和弘 監訳) 看護における質的研究. 医学書院, 1997.
原版:Leininger (Ed.), Qualitative research methods in nursing. Grune & Stratton. (1985)

Tuesday, April 17, 2012

質的データ分析法メモ

質的データ分析の方式を勉強中。

 マデリン M. レイニンガー(Madeleine M. Leininger) 編集, 近藤潤子、伊藤 和弘 看護における質的研究」(原版1985年、日本語版1997年)医学書院. の中(p.75~)で紹介されているものの順にほんのちょっとずつメモすると、

記述民族学的データ分析 (p.75)
この分析法の焦点は、主として観察参加を通じて人々から直接得た記述民族学的(イーミック)な文化的データを用いることにある。・・・中略・・・ 記述民族学的データ分析は、文化人類学者や社会人類学者による記述民族学的研究でもっとも成果をあげている。・・・後略・・・

民族看護学的データ分析 (p.76)
民族看護学的分析法は、ケア、健康、病気の予防、病気、その他の看護ケア現象にかかわる特定の看護学的・記述民族学的データの検討に焦点を当てる。・・・後略・・・

現象学的データ分析 (p.77)
現象学的分析法とは、基本的には、データの具体的な構成要素を分析して生活体験の意味、主観的感情、属性、志向性などを探る方法をいう。・・・中略・・・ 現象学的方法は、主観的感情、体験の意味、志向性に関するデータを得るのに有用である。・・・後略・・・

哲学的データ分析
・・・前略・・・ 哲学的分析には、論理的・実存的・認識論的・存在論的な側面が含まれ、また哲学的データ分析にかかわるその他の諸側面が含まれる。哲学的分析では、論理的推論、知識獲得の方式、人間の思考と行為の理由が探求される。・・・後略・・・

構造的・機能的データ分析 (p.78)
・・・前略・・・ 構造的・機能的な方法の目標は、社会現象を分析して社会制度の組織的属性の構造的形態を探ることと、その研究結果をそうした構造が社会においてもつ目的、用途、機能に関連づけることである。・・・後略・・・

主題分析とパターン分析 (p.79)
・・・前略・・・ この方法は、生活または講堂の認知と特定が可能な主題およびパターンの分析に焦点を当てるものである。単独に取り出せば無意味とも見える考えや体験の構成要素ないしは断片を明確化し結び合わせることによって、生のデータが分析される。・・・後略・・・

価値データ分析 (p.80)
主題分析やパターン分析にきわめて近い方法に価値分析がある。しかしながら、価値分析の焦点は、好み、選択、望ましいと見なされる物事または考え、および人間の思考と行為を導く内示的ないし外字的な力にある。・・・後略・・・

内容分析あるいはテクスト分析 (p.81)
内容分析は、人々の間で伝達されるほとんどすべての物事を分析するのに昔から用いられてきたお馴染みの方法である。・・・後略・・・


いっぱいあります。。。以下にまだまだ続きます。。。今日はもうここまでで。。


解釈学的データ分析

民族科学的分析

グラウンデッド・セオリー分析

構成要素分析

歴史的分析

生活歴プロフィール分析

個人の健康研究分析

形態分析

象徴分析

描画、ゲーム、絵画テスト、遊び、物語、写真データ分析

コンピュータ・データ分析


出典:
M. M. レイニンガー. (黒田裕子訳)記述民族学と民族看護学 質的データ分析のモデルと方式. レイニンガー編, (近藤潤子, 伊藤和弘 監訳) 看護における質的研究. 医学書院, 1997.
原版:Leininger (Ed.), Qualitative research methods in nursing. Grune & Stratton. (1985)

Friday, December 2, 2011

医療人類学

医療人類学のメモのさらに続き。

「Biomedicine(バイオメディスン)はメディカルシステム(医学体系)のひとつに過ぎない。」

現在の日本では西洋医学(あるいはバイオメディスン)が科学的なものとして捉えられており、学生の頃は、特に疑うことなくそれが最善のもの、最先端のものとして学んできたけれど、医療について考えさせられている今、医療人類学の講義での上記の言葉に納得しました。
健康や病、身体に対する見方考え方が異なれば医療観も異なると思われます。
これは、文化によっても異なるでしょうし、時代によっても異なるでしょうし、個々人によっても異なると思われます。

科学的とはいったいどういうことなのか、自分が信じているもの、世間が信じているものがいつも誰にとっても最善とは限らないことに気づいていることは大事だと思いました。

Thursday, December 1, 2011

人類学

人類学メモの続きです。

前回の記事を読んでくださった方から、「参加型リサーチというのがあまりよくわからない」とコメントをいただきました。私もまだわかっているとは言い難いです。

ただ、その要素の一つは、関係する人々は、研究の対象ではなくて、研究に参加する人だ、という考え方なのかな、とぼんやりと思っています。

研究に参加する、といっても、いろいろな参加の形があって、 

  • 情報を提供するという形の参加 
  • 情報を提供する人から情報を収集する役割(インタビュアー)としての参加 
  • 情報を提供するグループ(フォーカスグループ)のファシリテーターとしての参加 
  • データ分析や結果の解釈をする際の助言者としての参加
  • 方針を決定する権限を有する者としての参加 

などがあります(Wallerstein & Duran, 2003)。

このため、あるものごと(文化や集団、考え方など)についてさらに深く知るために、そのものごとに関係している人に参加してもらう、と言っても、いろいろな参加の度合いがあり、参加型リサーチもいろいろな形となるのだろうと思っています。

また、前回の記事を読んでくださった別の方から、
「支援者と非支援者の間で真のパートナーシップは生じ得るのか、
なんてことを話しあっているコミュニティと研究者の間で、
真のパートナーシップは生じ得るのか? という議論、
人類学とIPS似てますね」とコメントいただきました。

私もそう思っていたところです! 


人類学の中に、Linguisic Anthropology というものがあり(言語人類学と言うのでしょうか)、ここでは、例えば関心を持っている文化や考え方、世界観について知る際に、通訳・翻訳に頼るのではなく、そこで使われている言葉を知ることを重視している、と私は理解しました。

言葉というのは、そこで大事にされているものごとが現れていると思います。
大事である、あるいは意味があると思うから話したりコミュニケートしようと思うわけで、そう思う人々の間には、それを指し示す言葉が存在しやすいのではないかと思います。それらの言葉を知ることで、その人たちが大事にしていることにも近づきやすくなるのではないかと思いました。 

人類学のはとても深くて幅広いものなのだろうと思いますが、ものごとの背景あるいは文脈を知る、人々の考え方や世界観を知る、など、IPSのことを思い出さずにいられないキーワードがたくさんありました。

Wallerstein, N. Duran, B. The conceptual, historical and practice roots of community based participatory  research and related participatory traditions. In  Community Based Participatory Research for Health. Minkler, M. Wallterstein N. eds, CA: Jossey-bass, 2003, pp. 27-52.

Friday, November 25, 2011

参加型リサーチ

医療人類学(Medical anthropology)についての講義に参加する機会がありました。本当にいろいろな学びがあり、また、もやもやと思っていたことが整理された部分もあり、このような機会と、関係する皆様に感謝の気持ちでいっぱいです。

学んだことは多々ありつつも、まずは、参加型リサーチ(Participatory Research)について。

参加型リサーチにおいて、コミュニティ(ここでは研究対象となるコミュニティ)と研究者の間で、真のパートナーシップ(genuine partnership)は生じ得るのか?という議論がされているそうです。真の対等な関係は可能だと考える人もいれば、真のパートナーシップを築くために、研究者は研究機関の職を辞してそのコミュニティに入れ、という主張もあるのだそうです。

いずれにせよ、どのような関係にも、力の関係(Power relations)はあるということは大前提となっています。

どのようなコミュニティなのかにもよるのだろうとは思いますが、私自身は、真のパートナーシップを築くことは簡単ではないと思っています。このため、職を辞してそのコミュニティに飛び込む人がいることも不思議ではないと感じます。ですが、職を辞すというよりは、研究者という職業についていること、そこに付随するパワーを意識しながらコミュニティに参加していく、ということが今の自分がしたいと思っている形なのかな、と考えていました。

また、比較的最近の考え方として、Reflexive anthropology(再帰的人類学?)といって、研究者がその研究の中での自身の立場やパワーについて考える、ということの重要性についても教わりました。

研究者とコミュニティとの関係だけでなく、どのような関係にも、パワーは存在すると思います。
それらの関係の中で、パワーを全くないものにすることはとても難しいことだと思いますが、そのパワーの存在を認識したり、パワーが生じている背景にはどのようなことがあるのかを考えたり、そのパワーについて話し合ったりすることはとても重要なことだと感じています。



以下、コミュニティの参加型リサーチ(Community Based Participatory Research: CBPR)に関するメモ。

コミュニティの参加型リサーチには、次の二つの伝統があるそうです。
  • 社会のシステムを向上させる (Improvement of social system)という流れ<Northern traditionとも呼ばれる>
  • 解放する(Emancipation)という流れ<Southern traditionとも呼ばれる>

このSouthern traditionに関連して、ブラジルの哲学者、Paulo Freireパウロ・フレイレ)の名前は覚えておくと良いとのことでした。


テキスト:
Wallerstein, N. Duran, B. The conceptual, historical and practice roots of community based participatory  research and related participatory traditions. In  Community Based Participatory Research for Health. Minkler, M. Wallterstein N. eds, CA: Jossey-bass, 2003, pp. 27-52.

Thursday, November 3, 2011

シャーマズ 「グラウンデッド・セオリーの構築」

Kathy Charmaz (キャシー・シャーマズ)著 「グラウンデッド・セオリーの構築:社会構成主義からの挑戦 (原題 Constructing Grounded Theory: A practical guide through qualitative analysis)」を読んでいます。

Sue Estroffさんをはじめ、いろいろな方から勧められ、友人達と一緒に読み始めました。字がぎっしりと書いてある本を読むのが得意ではなく、また、聞いたことのない単語(日本語ですが。。)がたくさん出てくるため、まだまだ学び始めたばかりの私にとっては、すいすいと読み進むことができるとは言えない本です。

まだ読破はできていませんが、とても勉強になっています。また、Charmazさんの考え方には共感できるところが多く、研究に対する考え方についても気付かせてもらうことが多いです。

Intentional Peer Support (IPS)をもっと知るための取り組みについて考え続ける日々ですが、自分は研究者としてというよりも、IPSをもっと知りたい、IPSに取り組んでいる人といろいろなことを共有し、学び合いたいという思いでこの取り組みをやっているんだな、と感じています。それと同時に研究としても取り組んでいるわけで、自分の生きる上での学びと研究を自分の中では切り離せないことを認識しつつあります。

そのようなことをごにょごにょと考えているときに下記を読んで、少し納得できたところがありました。

 「私は、この本の全編を通じて、グラウンデッド・セオリー法を使うことや理論化を行うことを、研究者が特定の場所や時間において他者と協力して営む社会的行為(social actions)として扱ってきました。研究参加者に加え、他の研究者・教師・学生・機関内委員会・そして無数の人々が私たちの心の中で生きており、彼らとの直接の接触から長い年月を経てもなお、私たちが研究をどのようにして行うのかに影響を与えています。私たちはデータと相互作用し、それに関する理論を創造します。しかし私たちは、社会的真空の中で存在しているのではないのです。」p.139

研究者は、何かに影響を与えてはいけないのではないか、中立的に関わらなければいけないのではないか、という考えも自分の中には絶えずあるのですが、このように、研究参加者やその現実から自身を隔て距離を保ち、客観的な立場で観察を行おうとする考え方は「客観主義的アプローチ」であることを学びました。

これに対して、「構成主義的アプローチ」は、「簡単には変わらないが常に変化している世界を前提とし、さまざまなローカルの世界と多様な現実を認識し、そのローカルな世界とより大きな世界にいかに人々の行為が影響を与えているのかに焦点を当てています」(p.142)。そして、「データと分析はともに研究参加者やその他のデータ源と共有された経験や関係によってつくられるものと考え」る(p.140)のだそうです。

この、客観主義的アプローチと構成主義的アプローチに関する理解がこれで正しいのか、ちょっと自信がない部分もありますが、私が取り組みたいと思っていることや、そもそもIPSそのものが、構成主義的アプローチなのではないか、と感じました。

Wednesday, September 28, 2011

参加者とのデータの共有

この研究では、インタビュー(座談会)の録音データとその文字おこしのデータを、参加者の皆様と共有する方針をとっています。が、実際に始めてみると、具体的にどれを誰と共有するのか、迷う状況が出てきました。そこで、参加者と研究者の情報共有の仕方について整理してみます。 

【参加者】該当インタビュー(座談会)の場に参加していた人
【協力者】IPSに関心のある人で、研究のための連絡先を宮本に送って下さった方と研究チーム
【委託業者】守秘義務契約を結んだ委託業者(文字おこしの作業を外部委託しています)


録音データについて
レベル 共有の範囲
公開 ウェブページに公開(誰でもアクセス可能)
限定共有A 参加者、協力者、委託業者
限定共有B 参加者、参加者の許可が得られた協力者、委託業者
非公開 参加者、委託業者


文字おこし後のテキストデータ(個人情報削除済み)について
レベル 共有の範囲
公開 ウェブページに公開(誰でもアクセス可能)
限定共有A 参加者、協力者、委託業者
限定共有B 参加者、参加者の許可が得られた協力者、委託業者
非公開 参加者、委託業者 <インタビューに参加していなかった研究者が分析に関わる場合にはどう考えるか??検討が必要。>

上記のそれぞれについて、参加者全員からご意見を伺い、インタビュー(座談会)ごとに公開のレベルを設定するという方針でいます。


一番最初に行った録音は、共有の範囲を広げることを考えていなかったため、選択肢は特に考えず、その場にいた人の中で共有する(=上の表で言うところの非公開)ということだけ話しました。
しかし、考えてみると、他にも聞いてみたい人などがいた場合や、その場にいなかった研究者が分析に参加するためにデータに触れる可能性についても考えないといけない、と気付き、その後のインタビューでは、ご意見を伺う際に、他の人との共有についても選択肢として挙げると、誰にでも公開というのは抵抗はあるけれども、このような人々であれば共有しても良い、といった意見が多く出てくる印象があります。

研究データというと、研究者が厳重に保管するもの、という先入観があったのですが、ある場で話されたことは、その場に参加していた人みんなの共有のものであり、また、そこにいた人達が聞かれても良いと考える人たちと共有できるというのは自然であり、また素敵なことだなぁと思っています。
これらの共有について考える過程で、研究データや医療データは誰のものなのか、ということについても考えさせられています。

Sunday, July 10, 2011

戈木 「グラウンデッド・セオリー・アプローチ」

戈木クレイグヒル 滋子(著)「グラウンデッド・セオリー・アプローチ 理論を生み出すまで」を読みました。

この大きさとこの薄さが手に取りやすく、内容もとてもわかりやすい本だと思いました。
まぁ、わかった気分になるのと、実際に分析するのは大きく違うわけですが。。。

この本を読んで、グラウンデッド・セオリー・アプローチについてもっと知りたくなりました。グラウンデッド・セオリー・アプローチを実践したことのない私でも、グラウンデッド・セオリー・アプローチにさまざまなバージョンが存在することは見聞きしておりましたが、それらが具体的にどのように違うのかはわからないままです。いろいろなバージョンの分析をそれぞれ知りたいという気持ちになりました。

内容については、この本を読んでいただくのが一番かと思いますが、ところどころに著者の研究や学習に対する姿勢や思いが書いてあり、そういったことに触れることができるところも読んでいてうれしく思いました。印象的だったところを一つ抜粋。

p.144 完璧なものができるまで発表を見合わせた方がよいという考え方もあるでしょうが、そんなことをしていたら、死ぬまでに論文を発表することさえ覚束なくなってしまいます。最終的によいものにたどり着くためには、後で赤面してしまう可能性があると思っても、一つずつ積み重ねていくことも重要なのではないでしょうか。

Monday, August 30, 2010

アクションリサーチ:パーカー 「ラディカル質的心理学―アクションリサーチ入門」

イアン・パーカー(Ian Parker)著、八ッ塚一郎訳の「ラディカル質的心理学―アクションリサーチ入門」を読みました。印象的な言葉のメモです。



この本の原題は「Qualitative Psychology: Introducing radical research」。2010年08月09日16:15:10

ラディカルって何だろう。radical: 徹底的な、根本的な、基礎の、本来の、急進的な、過激な、先鋭の。2010年08月09日13:15:12

p.12 ラディカルな心理学研究では質的研究方法がしばしば採用される。しかしそれは、質的研究が絶対的に優れているからではない。2010年08月09日13:20:26 

p.12 続き:しかしそれは、質的研究が絶対的に優れているからではない。今のところ質的研究のほうが、科学(あるいは科学的でないもの)の本質について高度な議論を展開しやすいからというだけのことである。2010年08月09日13:21:19

p20 倫理に関する5つの重要事項―人間性、相違、個別性、了解不能点、異種混交性。2010年08月11日23:45:29

p32 バディウ Badiou による悪の生まれる三つのパターン―幻影simulacra、背信betrayal、絶対視absolutization 2010年08月11日23:51:52

p32 Badiou による悪―「幻影simulacra」物事を誤らせ損なってしまう偽りの像、「背信betrayal」当初の思いを捨て去り裏切ること、「絶対視absolutization」全てにわたり何らかの枠組みを強要し同意を強いること。2010年08月12日23:03:51

p40 客観的であろうとする試みはすべて、ある種の主観性を必要とする。2010年08月12日23:05:57

p41 反省とは、経験を問い直すこと、ある出来事がいかにして自分の感じた形にでき上がっていったかを関係の中で問うことである。2010年08月12日23:07:55

p43 記述することは、他者に向けて呼びかけることである。ひとつの主観的な経験がいかにして生じたのかを、異なる主観に向けて説明する試みのことである。2010年08月12日23:55:03

p46 人は自分の経験の書き手となることで、自分の経験からいくばくか距離をおけるようになる。その結果、自分たちの特定の主観性、特定の物の見方や考え方がいかにして生じたのかを反省できるようになる。2010年08月13日23:07:06

p78 インタビューは目的をもった会話であるとよく言われる。ただし、目的がインタビュワーによって最初に決められている点が、インタビューと会話の本当のちがいだとされる。2010年08月19日22:40:42

p79 インタビューに関わる人々がうまく事を運べるかどうか、共同研究者(インタビュワーとインタビュイー)たちがインタビューを通して新しいものを生み出していけるかどうかも(リサーチクエスチョンは)規定する。2010年08月19日22:45:27

p.177 われわれには共同研究者(研究協力者)がいる。たとえば、共同研究者にとって重要な意味をもつ問題については、共同研究者に判断を委ねるという方針ですべてを貫いてもよい。すると、共同研究者とのやりとりを通して研究方法自体が生み出されてくる。2010年08月19日22:59:07



ラディカルってこういうことを言うのかー。と思うような、斬新な意見もたくさんある本でした。

正直に書くと、続きを早く読みたい!とはならない時期があり、一ヶ月以上毎日持ち歩いていたにもかかわらず、流し読みというか、 途中を飛ばしながら読んだ部分がありました。
というわけで、飛ばした部分を読んで印象に残ったものがまた出たらそのときにまた書きます!

Sunday, August 29, 2010

アクションリサーチ:モートン=クーパー「ヘルスケアに活かすアクションリサーチ」

Twitter の読書メモ、振り返りやすくするためにブログにまとめます。まずは、アクションリサーチの本です。

アクションリサーチというのは、1940年代にクルト・レヴィン(Kurt Lewin) によって提唱された研究手法です。この言葉が最初に出てきた論文はおそらく「 Lewin, K. (1946) Action research and minority problems. J Soc. Issues 2(4): 34-46」です。

このアクションリサーチという手法、Intentional Peer Support 研究の参考になるのではないか思い、アリソン モートン=クーパー(Alison Morton‐Cooper)著、 岡本玲子、鳩野洋子、関戸好子訳の「ヘルスケアに活かすアクションリサーチ」を読みました。

以下、印象に残った言葉たちです。


p15 アクションリサーチは、研究方法の1つではなく、ましてや研究方法群でもない(しばしばそのように言われてはいるが)。2010年07月18日08:51:20


p15 それ(アクションリサーチ)はむしろ、人々が相互支援的な環境のなかで、自分たちの置かれている状況の理解を共有し、改善することに役立たせることのできる人間問題の研究に対する哲学的アプローチである。2010年07月18日08:53:01


p19 (操作的定義として)アクションリサーチとは「実際のヘルスケアの現場における問題を明確にし、可能な解決策を探るために行う共働的介入である」と実用的な説明ができるだろう。2010年07月18日08:55:59


p102 (アクションリサーチで)「本当に大事なことは、社会に関連する重要な問題を議論するという、あなたが実践者とともにやってきたことなのである。」 2010年08月01日23:49:05


p119 (アクションリサーチにおいては)「実際にそこで活動している第一線の関係者が、その価値や大事にしていることを認識し共有する過程を通して、主体的で意味のある変化をもたらす」 認識、共有。大切そう。。2010年08月01日23:54:15



コンパクトで(分厚くなくて)、持ち歩きやすく、読みやすい本でした。

Intentional Peer Support (IPS)のことをもっと知るために、 実際に自分もIPSに取り組み、そして、IPSに取り組んでいる人たちと対話をして、深めていきたいと考えています。
それだけだったら、やればいいじゃん、というものなのですが、そこで取り組んだことやわかったことを「研究」の言葉や「専門用語」に慣れている人たちから見てもわかるような形で表現していきたい、と考えています。
そんなわけで、自分のやってみたい形に近い研究手法をいろいろと勉強中です。

この過程でツイッターが読書メモに便利なツールであるということも発見しました!

Thursday, July 29, 2010

連絡先の保管を考える

今回の研修参加者の皆様には、IPSを学ぶことで起きること、関係性について考えることで起きることを考える研究をやりたいということを説明し、協力をお願いするご連絡を今後受け取っても構わないと思われた方には連絡先を教えていただきました。具体的には、お名前と、メール、電話番号、住所、ご希望の連絡方法を紙に書いて(直接手渡し、あるいはFAX、メールで)いただきました。そこで、連絡先情報の最も安全な管理の仕方を考えました。
  1. 個人情報は漏洩を避けるために厳重に保管したい。 たとえばExcelなどに入力して保存するとしたら、流出防止のためにネット環境から切り離した状態で保存をする必要がある
  2. しかし、メールアドレスは、名前と連結された状態でメールを送るわけで、ネット環境から切り離して保存・保管することは不可能。
というわけで結論は、名前とメールアドレスはPCのメーラーのアドレス帳で管理し、他の情報はPC等に入力するのではなく、紙のままきちんとファイリングし施錠できる部屋の施錠できる棚で保管。ということにしました。皆さんはどうされているのでしょうか。

と思っていたら、シロシベの園さんがこんなことをつぶやいてくれていたため、
漏洩して困る情報はとらない、っていうのが理想なんですけどね。まあ、そんなことは言ってられなくて収集するんですが、最低限にするっていう努力はあり得ますよね。@tamakisono

たしかに、現時点でご連絡先をくださっている方は全員がメールでのご連絡を第一希望とされていて、住所や電話番号を使う機会はとても少なそうです。必要のない情報は収集しない。今後はその点を気をつけたいと思います。